このサイトの運営方針
内容は点検していますが、思い違いや誤記が残っていると思います。もし、お気づきになった場合は、yomimonoya@mild.ocn.ne.jp(@を半角にしてください)まで、お知らせ下さればさいわいです。
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このサイトについて
以下の点にご注意下さい
- ☆がついている往来は、記録を作成中です。まちがいがあるかも知れません。また、今後大幅な変更の可能性もあります。
- △がついている往来は、内容チェック中です。修正を行う場合があります。
- それ以外のものについては、完成しています。大幅な変更はしませんが、時々補修は行います。その場合は追記します。
- データチェックをしていますが、見落としがあると思います。参考資料を挙げていますので参照くださるようお願いします。
- 当サイトの目的は「歩く人」の参考になることです。そのため説明がしつこいところがあり、また写真を多くしたために表示に時間がかかることもあると思います。ご容赦ください。
- 経路から外れたお寺や神社、その他の文物を見に行ったときは【寄り道】として記載しています。【寄り道】は経路などをきちんと調べずに行く場合も多く、その道が所謂“妥当な道”であるかは確認していません。
基本的な方針
- 歴史の道調査報告を基本資料とする。往来の経路、歴史的事項についても同様である。それ以外の資料の情報を記載するときは必ず典拠を明示する。
- 歴史の道調査報告同士でも記述が異なることがあり、その場合はより妥当なものを選択し、理由を明記する。
- 江戸時代の地誌は吉備温故秘録を基本にする。
道の名称
備前藩の官道やその他の道は「往来」で統一する。ただし、西国街道(山陽道)と出雲街道は『街道』とする。(出雲街道に関しては平成28年9月変更。「出雲街道」としている出版物その他の情報が圧倒的だったので、混乱を避けるため)。
調査報告6,p61では下津井へ向かう往来を「下津井往来」と記述し、調査報告6の標題は「金比羅往来」となっている。しかし、実際は下津井で終了しているので下津井往来とした(以前は標題にあわせて「金毘羅往来」とするとしていたが、歩いてみると実感が伴わなかったので変更した)。
同じく「作州倉敷往来」は「倉敷往来」とした。
それぞれの往来に特徴的なことや、町や村、お寺や神社の歴史は該当のところで記載するか、関連のリンクを張っています。その事柄が岡山県全体に関わりがあると思われる場合は、一つの項目を立てる場合があります。
参考文献