篠岡八郎正言。日置家表小姓。銀三枚二人扶持。(「慶応四年侍帳 -家中礼席順次録-」『御津町史』頁一一二九―一一三五)。篠岡八右衛門正樹(日置家取次、百一〇石)の子息。西宮警衛隊士。瀧善三郎の切腹に際し、介添役をする。明治五年家督相続(「瀧善三郎自裁之記」『御津町史』頁三八七―三九六)。
明治二十六年七月―同三十四年七月まで金川村長(『御津町史』頁四三二)。退任後、『瀧善三郎自裁之記』を記述したとされる。
なお、池田家文庫中の文書では「篠岡八助」や「笹岡」などの記述が見られる。
【参考資料】