七十歳で図書館アルバイトに応募した(二)

 一月(ひとつき)がたち、実際の勤務体制に近くなると予想外の気持ちの動きがあった。ここ数年行っていた読み聞かせと昨年から始めた昔話の活動、神戸事件を中心とした幕末史の調査ができないことが、思っていたより苦痛だったのだ。
 この先十年ほど活動できたとして、そのかなりの時間が仕事(仕事のための学習含む)にとられるならば、自分が望む地点まで到達できないだろうと思えた。そのことは、自分の人生にとって非常に残念なことだと思えた。
 もう一つは、睡眠が不安定になったことである。
 この時期(十月から十一月)、被災の最初の危機感から解放されると同時に将来への不安が大きくなっていた。
 前述のように公的な支援が期待できないところで多額の出費をした。さらに、この先どの程度の負担が発生するか予測がつかないことからくる経費的な不安があった。環境になれない不安もあった。転居したところは地名は知っていたが、日常的に交流がある知人も友人もいないところである。ごみの捨て方からして様子がわからず、家内を夜遅くまで一人にするのが心配になって、飲み会などは行けなかった。
 さらに、転居にともなって膨大な事務処理が降りかかってきた。車で十五分ほどの距離の転居であったが、市が変わっていたせいである。免許の変更や年金の手続きは簡単であったが、介護保険や健康保険の手続きは非常に煩雑で両者を合わせた通知(両方の市から送られてきたもの)は二十通に近い。さらに、介護保険も健康保険も手続きの切り替わりの時期は、両方に払う時期があり、余分に払ったものは還付される。ものによっては還付してもらうための申請しなければならない。他にもさまざまな手続きが必要だった。
 詳細は別の機会にするが、とにかく煩雑だったし、システム上の不備と思われるものでも、送られてくる文書は上から目線であった。


 ネット古書店は歴史研究のためにここ三年ほど休業状態だったが、閉店したわけではない。しかし、自宅のプレハブが損壊し、かなりの量の書籍がいろんなかたちでダメになった。その処理も行わなければならなかった。これも別に記す。

(三)へ続く
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