鴨方往来・鴨方陣屋跡~里庄


鴨方往来7-1・鴨方陣屋跡~湯ノ池

鴨方陣屋跡~湯ノ池までの地図

※下線のある言葉は他のページやサイトとリンクを張っています。リンク先にとんで戻るときは、下のボタンがあるページはボタンをクリックしてください。他のサイトの場合はブラウザの戻るボタンで戻ってください。


歩行日 平成27年4月16日(木) 鴨方陣屋跡~湯ノ池 2.9キロ(千阿弥橋跡から累計 43.1キロ)


 鴨方陣屋跡から東に戻る。西から進んで来た鴨方往来、長川寺から降りてきた参道、鴨方陣屋跡から来た道が交わる。往来は南へ下る道である。

 100メートルほど進むと、右に分岐する道があり、これが鴨方往来である(鴨方から笠岡に向かう道は「笠岡往来」と呼びたいがとりあえず調査報告6に従う)。曲がり角に道標がある。道標は折れている。正面には「右 かさおか かうの嶋 道」と書かれている(鴨方往来拓本散策p111)

分岐 道標

 右に入り、家の間を抜けると右側に山陽ボーリングという会社があり、その先の四つ辻に辻堂がある。これは西の観音堂だろう(辻堂の習俗p140-141)。備中には辻々に御堂が建てられ、地域のいろんな活動に利用されていたようだ。堂の後ろに二基の亡牛供養塔がある。

  辻堂の道 亡牛供養塔

 辻堂の習俗p140-141では、堂外の2基の亡牛供養塔の施主の名前は今井仲太郞と山田昌三と記述されているが、石碑を実際に見ると、今井仲太郎と山田昌士となっている。

同書によれば、旧七月十七日が縁日で接待が行われた由。ただし、情報収集の時期が不明であるので、現在も行われているか不明。近所の人に名称を尋ねたが単に「お堂と呼んでいる」ということだった。接待については歩行後に知ったので尋ねなかった。

 往来は四つ辻をそのまま直進。遠くに体育館が見える鴨方中学に向っていく。

 ゆるい坂を下る。右手に鴨方中学校の石垣、正面遠くにビッグハット(鴨方ふるさとプラザ)の銀色の屋根が見える(左写真)。

 広い道路に出会い信号を渡ると左側に鴨方高校がある。直進すると天草池の北角にぶつかる。

 池の角に「南無阿弥陀仏」と刻んだ石塔(六字名号塔)がある。その前に小さな地蔵尊(右写真)。
鴨方中横の道 天草池横の名号塔

 天草池とタカギベーカリーの間の道を進み、タカギベーカリーの敷地が切れるところから右に曲がり、天草池から離れる(左写真)。ゆるやかな登り。左手にビニールハウス、右手に畑(右写真)。
分岐 上り道

新池への道 最初に歩いたとき、タカギベーカリーの横を上り、峠を上りつめるまでは単純だったが、そこ(図のAの位置)から新池までの道がわからなかった。
 2時間くらい、あちこち歩き地元の人にも尋ねて、それらしい道を選定し、歩いた。帰岡後、大日本帝国陸地測量部の地形図などを参照にして、まちがいに気づいた。
 写真や地形図などをもとに推測し、平成28年3月11日に調査し最終的に正しいと思える道を探し当てた。それに基づきここから新池までの道順を修正する。

 

 上り詰めたところに変形の分岐がある。正面の道はその先行き止まり。左に曲がる。
分岐

曲がって130メートルほど直進。ブロックの土留めの横を進む(左写真)。

 最初に歩いた平成27年4月16日時点では雑草が生えた空き地だったが、2度目に歩いた平成28年3月11日には、ブロックの土留めの土地はソーラーパネルがぎっしり並んでいた

 その先に二股。右にカーブする今までと同じ広さの道は新しい道で、ここは左側のやや細い道を下る(右写真)。

分岐 分岐

 左側、高くなった上に祠があり、赤い旗も見える。祠の奥に辻堂のようなものがあったが詳細不明。下りる道の右側は家(左写真)。
 細い道を下っていく(右写真)。

分岐 下り坂

 途中で左側に金毘羅燈籠(常夜燈)がある。ここは左右に分かれ道があるが、左の道は個人宅への進入路、右の家のあいだを抜ける道も違う方向へ行く(一回めは探し回ったあげく、この道を進んでしまった)。そのまま下に進む。

 二十メートルほど歩くと左手に分岐、さらにそこから10メートルほど下りると右に分岐がある。右写真の正面が目印のお宅である。右側のお宅を回り込むように曲がる。
下り坂 分岐

 目の前の畑のあいだにやや細い道が西に延びる。そこからは真っ直ぐ(左写真)。やや広めの舗装道路を横断し、進む。目印のお宅の手前から200メートルほど進んだところで、上から下りて来たやや広い道に合流する(右写真)。
新池への道 分岐

 そこからさらに真っ直ぐ進めば片道一車線の広い道(434号線)に合流し、右に進めば新池が見える。
  県道 新池

 調査報告6p69では「山道を南へ進み、左手に児童遊園地を見て、××氏宅前を右折し、里見の新池の東に出る。」とある。××は個人名である。公園はもう少し下に下りたところにあるが、それはもともとあった公園ではなさそうだ。その向いは新しい住宅地だ。表札なども出ていない。

 周囲を探し回り、新池のそばで尋ねた男性が調査報告6を見て「××さんは引っ越した。その家は借家だ。」と言って案内して下さった。現在人が住んでいるかどうか分からない。調査報告6が刊行されて20年以上が経過しているからこういうこともある。そして、元××氏宅前を右折して畑の中を行く道が「古い道だ」と教えて下さった。

 県道に出て少し西に進む。新池とその角に立つ道標が見える。

 石仏の浮き彫りの下の文字は「 右西小坂 くわんおん 道」「左 かさおか こうのしま 道」と書かれている(鴨方往来拓本散策p114)。

道標 道標

 道標のところで左折し、新池に沿って進む。

 新池の土手道、山王中池の角に「奉納石鉄山四十三度供養塔」と掘られた大きな自然石の碑と六角形の地神塔がある。「石鉄山」は「石鎚山」のことであろう。

 六角形の地神塔は珍しいが、通常の地神塔(ショウ儀型)と同じ五神に罔象女命(みずはのめのみこと)という水の神様が追加されている(里庄町高岡新池畔四叉路に建つ六神名地神碑:サイト確認2016/03/15)。地神塔の頭が丸くなっている。風化か最初からのものか不明。

地神塔 石鉄山碑 地神塔拡大

 山の上池を左手に見ながら進む。池から離れた左手に「丁山」「山王里山」への案内がある。丁山は「ようろやま」と読むらしい。道はすぐに二股に分かれる。分かれ目の真ん中に、道標がある(左写真)。

 風化が著しいが「右 かさ岡 左 あくら 秀全」と書かれている由(中写真)。また地名は松尾のようだ(鴨方往来拓本散策p115-116)。

 往来は道標の右を進む。左右に小さな池(進行方向左が守屋池)があるがあまり目立たない。道はゆるい下り坂、左に竹林、右側に畑を見ながら進む。

 5分ほど下ると湯ノ池の南端に近づく(右写真)。湯ノ池は鬼(温羅)が戦の傷を癒やした温泉だったという伝説がある(おかやま伝説紀行p114-115)。

 往来は左折して、湯ノ池から離れる。


鴨方往来7-2・湯ノ池から里庄

 湯ノ池から里庄駅までの略図


歩行日 平成27年4月16日(木) 湯ノ池~里庄 2.5キロ(千阿弥橋跡から累計 45.6キロ)


 湯ノ池南端を左に進み、そのあと道なりに右に進み橋を渡る。家のあいだの細い道を通り(左写真)、上下各1車線の道路(236号線)に合流したところで、左折。

 236号線を南に下る。道路の左側に少林寺拳法笠岡支部の看板がある。数分歩くと右手に里庄小学校がある。

 その手前の道を右に入り(中写真)、小学校を左手に見ながら進む。小学校と道路を挟んだ施設への渡り廊下の下をくぐる。

 すぐに殿迫公民館に沿って左手に曲がる道と右手に登る道の分岐に出会う。往来は左(右写真)。公民館の所にも石碑があったが、道標の類いではなさそうだ。そこから道はゆっくり下る。

合流 里庄小学校分岐 殿迫公民館

 下り始めると左に曲がる道の右手に道標が見える。近づくと、道標と祠が集められている。

 道標には(正面)右小坂はしりで道 左かさ岡こをの嶋道 天畑 (左面)右おとしまこじま 左かもがたます坂道」と書かれており、(右面)には施主が書いてある。
石仏など 道標

 坂道を下る。左のブロック塀、右の建材店の建物に挟まれた視界の悪い道から、やや広い道に出る。右折。

 正面向こうに信号機が見えるが、そちらまで進まず手前の分岐で、さらに右折(左写真)。

左側の交通量の多い道路に次第に近づいて、接触(中写真。道は一度合流してすぐ右手に離れるが、道路右の舗装した空き地が通行可能)。その先、真っ直ぐ進む。最初山側の道に進んでしまったが、変電所が道そばにあったので疑問を持ち、歩きなおした。

右写真の上下一車線ずつのやや広い道路が往来。自動車の通行は多くない。進むと左手に里見交通(岡山ハーレークラブの標示あり)がある。

右折 直進 直進

 道なりにまっすぐ進む。右側に里庄武道館がある。どっしりした門に何か云われがあるかと探したが分からなかった。信号のある交差点を渡って茶屋橋を渡る。右手に里庄郵便局がある。
武道館 茶屋橋

  郵便局から数分で右側に辻堂がある。「才の脇の萩堂」である。祭壇の後ろに二本の萩の柱を使用していることに因る名前である。

鴨方往来と村道の四つ辻に位置し、また里庄八十八カ所の札所でもある。昭和二十年代までは遍路が宿泊することもあった(辻堂の習俗p160-162)左隣りに「岸燈」と彫った常夜燈がある。
萩堂

才申の地名標示 萩堂から数分歩き、右側の電信柱に「才申」の地名標示がある手前で本日の終了とする(少し先にマルイチストアがある)。
 

 ここから左に折れて、JR山陽線里庄駅に向かう。里庄駅は南側にしか入り口がないので、跨線橋を渡らなければならないが、この位置が一番近い。

 最初の道路を信号で渡り、駐車場の横を東に進み跨線橋をわたる。山陽線の線路を越えたすぐの階段で下りる。最後まで行くと、2号線の向こう側に下りてしまう。線路沿いの道を西にしばらく歩けば里庄である。


鴨方往来8
鴨方往来6
鴨方往来トップ
岡山の街道を歩く

このサイトの著作権は、作成者及び一緒に歩いた有志に属します。無断転載はご遠慮ください。リンクは自由です。