1-1.神戸事件の基礎資料(古文書)

【目次】
a.池田家文庫
b.その他
c.古文書の解読文ページについて

項目をクリックすると該当のところへ移動します。

【補記】音声ソフトに対応するために、小文字で読みを付しているものがあります。

a.池田家文庫

池田家文庫写真

(1)池田家文庫について

 岡山藩主池田光政が1632年(寛永9年)岡山へ入封して以来、1871年(明治4年)の廃藩置県に至るまでの240年間にわたる支藩を含む岡山藩政史料および池田家が代々収蔵して来た図書から成る。1950年(昭和25年)池田宣政の承諾を得て岡山大学が譲りうけ、現在岡山大学附属図書館に収蔵されている。約6万点の古文書 記録、約3万点の和書 漢籍の図書に大別される。[岡山県大百科 上ページ133より一部文言を変更して引用した]
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 なお、平成2年から2年4カ月をかけて池田家文庫の藩政史料約6万5,500件が撮影され、17分野のマイクロフィルムが作成された。さらに、「改訂増補池田家文庫マイクロ版史料目録」が作成された。
 このマイクロフィルムは丸善から「池田家文庫藩政資料マイクロ版集成」として市販され、国立国会図書館などいくつかの施設で閲覧できる。また、これをデータベース化した「池田家文庫 マイクロフィルム目録データベースシステム」が公開されている。
[ここの記述は、岡山大学のホームページの「池田家文庫マイクロフィルムデータベースシステムのページ」からの引用をもとに、一部文章を変更して作成した。なお、マイクロ版集成は岡山県立記録資料館でも閲覧できる。
▲続きはここで終り たたむ

【補足】
 池田家文庫の名称が岡山大学に委譲される前から使用されていたとする論文もある(「池田光政所用品」の伝来と現状について、浅利尚民著、閑谷学校研究/第18号(2014,5)/ページ23から35)。首肯できる意見であるが、当サイトで『池田家文庫』という場合は、岡山大学に委譲され、同附属図書館に所蔵されているものを指す。

(2)内容を確認したもの一覧

 池田家文庫には神戸事件関連の資料が豊富に収蔵されている。また、所蔵する岡山大学附属図書館により、池田家文庫に関して三種類のデータベースが公開されており、それにより大まかな検索が可能である(平成29年7月19日現在)。


【補足】マイクロフィルム目録データベースシステムでは人名漢字の『瀧』で検索しても、結果は0になる(平成29年7月19日確認)。また、もとの資料の標題が人名漢字の『瀧』であっても検索結果の標題は常用漢字の『滝』で表記されている。常用漢字である『滝』でデータ化されていると思われる。
 ここでは、もとの資料の表記にあわせ、適宜補記した。


 検索結果をもとに「池田家文庫藩政資料マイクロ版集成」などにより、内容が確認できたものを「池田家文庫(神戸事件に関連する文書)」として下に示した。
 グループ及び個人で解読したもののうち、公開用ファイルを作成したものは、岡山大学附属図書館の許可を得て、掲載した。文書名の後に[公開]と付してあるのがそれである。
 [試験公開。校正中です。]
 一応校正していますが、見落としなどの可能性もあり、しばらく試験公開とします。

池田家文庫(神戸事件に関連する文書)
  1. 記五号廿番

 ここまでの3点(資料番号S-6 128 1-3)は、何も書いていない包に入って紐で縛られている。池田家文庫マイクロフィルムでは3点の関係が分らなかったので、岡山大学附属図書館に収蔵されているものを調査した。
 その結果、もともとは「日置帯刀摂州神戸通行之節外国人江発砲之始末書 一冊」「兵庫一件始末書上 一包」「記五号廿番」と書いてある茶色の紙に包まれた一つの包と一冊の竪帳がその内容であると推測するに至った。包の統括的な標題はなく、前記の事柄が記述されている。それで、仮に「記五号廿番」を全体を現わす文書名とした。
調査記録はこちら

  1. 瀧善三郎神戸一件書(読みは、たきぜんざぶろう こうべいっけんしょ)
     日置帯刀が報告した文書。受け取った側が疑問点を付箋で示している。確認するのが遅かったのできちんとした解読等は未着手。
  2. 瀧善三郎神戸事件日置氏家記之写同人遺書並辞世之歌(S6-123)[公開]
    (読みは、たきぜんざぶろう こうべじけん ひきしきろくのうつし どうにんいしょ ならびにじせいのうた)
    瀧善三郎神戸事件日置氏家記之写同人遺書並辞世之歌を読む
  3. 瀧善三郎神戸事件 井上金藏日記(S6-126)[公開]
    (読みは、たきぜんざぶろう こうべじけん いのうえきんぞうにっき)
    瀧善三郎神戸事件 井上金藏日記を読む。

  4. 故瀧正信殉国事歴(S6-114)[公開]
    (読みは、こたきまさのぶ じゅんこくじれき)
    故瀧政信殉国事歴を読む

  5. 日置帯刀摂州神戸通行之節外国人江発砲之始末書類
    (読みは、ひきたてわき せっしゅうこうべ つうこうのせつ がいこくじんえ はっぽうの しまつしょるい)
  6. 御奉公之品書上. 池田貞彦
    (読みは、ごほうこうの かきあげ いけだ さだひこ)
     池田貞彦は事件当時の池田伊勢である。天城池田家当主で、この奉公書のなかに瀧善三郎の切腹の記録がある。倉敷市史(第7冊)に解読文が掲載されている。
     神戸事件に関係するところを一部参照している。参照を読む

  7. 先祖書 瀧源六郎
    (読みは、せんぞがき たきげんろくろう)
    切腹した瀧善三郎の兄源六郎による奉公書。瀧家の出自や砲術を特技とする家であったことが判る。
    先祖書 瀧源六郎を読む

  8. 先祖書 瀧成太郞
    (読みは、せんぞがき たきしげたろう)
    切腹した瀧善三郎の嫡子、事件後岡山藩に召し抱えられた。
  9. 先祖書 瀧猛水
    (読みは、せんぞがき たきもうすい)
    御津町史に解読文あり。
  10. 史料草案20、21
    幕末維新期の岡山藩の政治活動を編纂した編年体の史料集成。
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     明治中期に池田家が家史編纂事業の一環として制作した。嘉永6年~慶応3年を全20巻にまとめており、巻1~巻5が修史草按、巻6~巻20が史料草按と題され、維新前目次1冊がついている。(平成25年度企画展 池田家文庫絵図展「開国と岡山藩」主催岡山大学附属図書館、岡山シティミュージアム のパンフレットより引用)
    ▲続きはここで終り たたむ
  11. 新流御鉄砲【並】御小道具寄帳
    【補足】慶応3年の文書なので、神戸事件が起きる以前の作成である。当時の武器について調べるときの参考資料。

b.その他

イ.デジタル岡山大百科

 デジタル岡山大百科で「和装本」として公開されているもの。
  1. 日置帯刀摂州神戸通行之節外国人江発砲之始末書類
    (読みは、ひきたてわき せっしゅうこうべ つうこうのせつ がいこくじんえ はっぽうの しまつしょるい)
    警視庁写、作成年不明だが、岡山県が壬申七月に外務省へ提出した旨の朱書がある。明治5年か。デジタル岡山大百科の解説によると『用紙は「警視庁」の罫紙。最後の1枚のみ「横浜電話交換局」の罫紙を使用』である。
    デジタル岡山大百科で公開されている前記の文書はこちら
  2. 岡山藩士日置帯刀従者於神戸外国人ニ対シ発砲ノ始末 明治五年七月外務省、進達扣[控]
    (読みは、おかやまはんしひきたてわき じゅうしゃこうべにおいて がいこくじんにたいし はっぽうの しまつ めいじごねんしちがつ がいむしょう しんたつひかえ)
    作成者は岡山県、明治5年、岡山県が外務省へ提出した書類の控と思われる。上記と同じ頃作成の可能性あり。
     吉備群書集成(五)に収録されている「去る戊辰春元岡山藩士日置帯刀従者於神戸 外国人に発砲の始末」と内容的に重なると思われるが、詳細には未検討。
     デジタル岡山大百科で公開されている前記の文書はこちら

ロ.神戸市文書館で複製が閲覧できる資料

 神戸市立文書館に別件で確認したところ、下記日載は所蔵ではなく、借用資料であることが分りました。お詫びして訂正します。複製物の閲覧はできます。(平成30年3月2日)
  1. 日載
     兵庫開港準備のため、外国奉行、大阪町奉行そして兵庫奉行の三つを同時に勤めた柴田剛中の自筆日記である。嘉永2年(1849年)から明治6年(1873年)まで記録されている。柴田剛中文書に含まれる。
     神戸市文書館で複製の閲覧が可能である。神戸開港前後の記録は、「日載 十」に書かれている。確認できていないが、表紙に「慶応三丁卯年四月ヨリ同戊辰六月廿日マテ 東下 西上 坂地 兵庫 斥職 隠居 墨邸 日載 十」と書いている。
     編者は見学に行ったが、時間が遅く、また20キロくらい歩いたあとだったので、文書館のリール番号五、資料番号九十八「日載 十」の『一月九日』のみ閲覧した。
     アメリカ、プロシア、イタリアの外国三公使が運上所の借用を申し入れたことが確認できた。
     日載については「西洋見聞集」(日本思想体系66、岩波書店、1974年)中の『解題 柴田剛中とその日載』(君塚進、p565-578)および、「徳川社会と日本の近代化」(思文閣、2015)中の『神戸開港に臨んだ外国奉行柴田剛中』(菅良樹、p681-704)、神戸市文書館ホームページ(確認:平成29年9月11日)によった。

ハ.国立公文書館に所蔵されている資料

 同館デジタルアーカイブで平成29年7月18日現在確認できたもの。一部はアジア歴史資料センターでも閲覧可能。
 また清書された正式文書とは別に草稿が収蔵されている場合もある。このサイトではすべてを調査していないので、興味のある方は、国立公文書館デジタルアーカイブで、検索してみることをお薦めする。
 国立公文書館デジタルアーカイブへのリンクはこちら

 下記一覧の作成部局、年月日は国立公文書館デジタルアーカイブによる。

  1. 備前藩ニ西宮守衛兵ヲ出シ加藤遠江守ニ協力セシム
    (読みは、びぜんはんに にしのみやしゅえいへいをだし かとうとうとうみのかみに きょぅりょくせしむ)
    作成部局:太政官、慶応3年12月28日
    原文画像の閲覧可能。デジタルアーカイブで閲覧できる前記文書はこちら
  2. 備前藩士外人ニ対シ発砲ノ儀御処置振申達ノ件
    (一部推測を含む読みは、びぜんはんし がいじんにたいし はっぽうのぎ ごしょちぶり しんたつのけん。)
    作成部局:太政官、明治1年1月
    原文画像の閲覧可能。デジタルアーカイブで閲覧できる前記文書はこちら
  3. 神戸争闘ノ件ニ付日置帯刀以下処分
    (読みは、こうべそうとうのけんにつき ひきたてわきいかしょぶん)
    作成部局:太政官、明治1年2月2日
    原文画像の閲覧可能。デジタルアーカイブで閲覧できる前記文書はこちら
  4. 神戸争闘ニ付日置帯刀以下処分 其二
    (読みは、こうべそうとうにつき ひきたてわきいかしょぶん そのに)
    作成部局:太政官、明治1年2月2日
    原文画像の閲覧可能。デジタルアーカイブで閲覧できる 前記文書はこちら
  5. 備前藩家老日置帯刀神戸通行ノ節外人ニ対シ暴発ニ付同藩ニ令シ之ヲ京師藩邸ニ留置セシム
    (読みは、びぜんはんかろう ひきたてわき こうべつうこうのせつ がいじんにたいし ぼうはつにつき どうはんにれいして これを これをきょうしはんていに りゅうちせしむ)
    作成部局:太政官、明治1年1月20日
    原文画像の閲覧可能。デジタルアーカイブで閲覧できる前記文書はこちら
  6. 日置帯刀部下隊長 滝正信ヲ兵庫ニ押送ス
    (読みは、ひきたてわき ぶかたいちょう たきまさのぶを ひょうごに おうそうす)
    作成部局:太政官、明治1年2月6日
    原文画像の閲覧可能。デジタルアーカイブで閲覧できる前記文書はこちら
  7. 備前少将家来日置帯刀謹慎ヲ免ス
    (読みは、びぜんしょうしょうけらい ひきたてわき きんしんをゆるす)
    作成部局:太政官、明治1年3月12日
    原文画像の閲覧可能。デジタルアーカイブで閲覧できる前記文書はこちら
  8. 神戸港ニテ備前少将家臣日置帯刀従卒外国人ヘ発砲一件
    (読みは、こうべこうにて びぜんしょうしょうけらい ひきたてわき じゅうそつ がいこくじんえ はっぽういっけん)
    作成部局:不明、明治1年
    画像未公開(平成29年7月18日現在)

ニ.その他

  1. 岡山藩家老日置忠自筆御用勤書上 (読みは一部推測を含めて、おかやまはんかろう ひきたてわき じひつごようつとめ かきあげ)
    日置帯刀筆、明治16年。神戸市立博物館蔵(書誌は同館ホームページによる)。解読文が「神戸市立博物館研究紀要」第16号に掲載されている。(当サイト「神戸事件の基礎資料(雑誌・新聞)」参照)。
  2. 神戸港二於テ備前藩士暴動発砲ノ際外国人二抑留セラレシ筑前藩蒼隼丸船及久留米藩晨風艦損失救助願一件
    (読みは、こうべこうにおいて びぜんはんし ぼうどう はっぽうのさい がいこくじんに よくりゅうせられし ちくぜんはん そうしゅんまる および くるめはん しんぷうかん そんしつきゅうじょねがい いっけん)
    作成者:福岡県||熊谷又七||寺島外務卿(アジア歴史資料センター資料による) 外務省外交史料館所蔵、アジア歴史資料センターでインターネット公開(平成29年7月17日現在)。リファレンスコード B08090131500
    アジア歴史資料センターはこちら


c.古文書の解読文ページについて

イ.解読

 岡山大学附属図書館所蔵の池田家文庫をマイクロフィルムに記録した「池田家文庫 藩政史料 マイクロ版集成」(以下「マイクロフィルム」)からの印刷物を利用し、岡山県記録資料館ボランティア有志が行ったものが中心である。
 比較的くずしが少なく読みやすい文書は別途解読したものもある。
 いずれの場合も、それぞれの文書の先頭ページに解読者を記載している。

ロ.原文画像

 当初は上記印刷物をスキャンして、画像を作成した。マイクロフィルムからの印刷物では判読できないものがあったため、岡山大学附属図書館で許可を得て撮影したものもある。
 前者はモノクロ写真、後者はカラー写真である。

ハ.解読文と口語文

 『原文画像と解読文のページ』および『口語文と注のページ』をそれぞれ作成した。
 解読文はできるだけ原文に沿うように記述した。口語訳は今まで神戸事件に関心がなかった人でも、何が起きたかを把握できることを第一の目的とした。
 詳細は凡例を参照下さい。  

ニ.凡例

凡例はここを参照

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